不屈 橋本伊都支部版 維持法犠牲者国家賠償要求同盟 和歌山橋本伊都支部web
by itohasimoto

不屈 橋本伊都版

「不屈」 和歌山
橋本・伊都支部版


治安維持法犠牲者
国家賠償要求同盟
橋 本・伊 都 支 部


あなたのご訪問が
ようこそ、橋本伊都支部のブログへ
番目です

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ふたたび戦争と暗黒政治を繰り返さないために、治安維持法犠牲者国家賠償法(仮称)の制定を求める平和・人権・人道の国会請願などに取り組んでいます。

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# by itohasimoto | 2011-11-19 23:29 | ご案内

国会請願に4名が参加

国会請願に行ってきました
和歌山より4名が参加


 再び物言えぬ時代にならないようにとの、皆さんの思いのこもった署名を携えて、和歌山から4名(写真)が国会請願に行ってきました。
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 今年は東日本大震災で、五月の国会請願が延期になり、春の選挙などで遅れていた署名を挽回しようと各支部が頑張り、昨年を上回る合計8242筆となりました。
 衆議院会館大会議室での全体集会では、全国から142人が参加し、会長の挨拶に続いて、犠牲者から「私の生きているうちに謝罪して」との訴えがありました。
 午後から各県の選出議員に紹介議員承諾の要請に廻り、和歌山選出九名の衆・参議員事務所を訪問しました。昨年改築され、新しく広くなった議員会館の岸本議員の事務所では、秘書の対応もやわらかく、私たちも昨年のお礼をいい、今年もぜひ紹介議員をよろしくとお願いしました。綺麗になった部屋もどうぞ見て下さいと案内して下さる一幕もありました。他の八名の事務所でも、議員は国会開催中でお会いできませんでしたが、秘書の方が丁寧に、でも一部義務的と感じられるところもある対応でした。
 持参した署名を分けてそれぞれ預けたのですが、受け取らない方が二名と、政府委員になったので紹介議員にはなれないからと一名から断られました。検討のうえ、返事は後日です。
 毎年の国会請願ですが、紹介議員をお願いするには、やはりもっと沢山署名を積み上げないと効果はないのではないかと思いました。
 また、集会には各政党に挨拶かメッセージをお願いしていましたが、前日に社民党から国会中で忙しく出席できないが、議員には訪問の件指示していますとの連絡があり、出席は日本共産党の井上哲士・宮本岳志の両議員で、激励のご挨拶がありました。

(事務局長 H ・ N子)


不屈 和歌山県版 №243 (1) 2011.11.15

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# by itohasimoto | 2011-11-19 22:31 | 不屈県版から

支部総会

橋本・伊都支部支部総会

e0007762_22193220.gif 一〇月ニ八日、橋本・伊都支部の総会が開らかれました。古倉支部長は挨拶の中で、「今の情勢に比べると同盟はまだまだ力不足だ。自信をもって活動できるよう、学習活動を強化しよう」と呼びかけました。
 討議の中では、県下でいち早く署名目標を達成したことを確信に、来年早々同盟がイニシアチブをもって大衆的に学習会を成功させることを確認しました。
 総会で選出された支部役員は次のとおりです。
  支部長   古倉 伸二
  副支部長  九鬼 堅
  事務局長  佐々木 磐夫
  事務局次長 細川 豊三郎

不屈 和歌山県版 №243 2011.11.15 (2)

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# by itohasimoto | 2011-11-15 22:15 | 不屈県版から

犠牲者慰霊祭 清水寺

e0007762_22274044.gif◆京都清水寺・大講堂・円通殿で10月23日、「治安維持法犠牲者慰霊祭」が行われた。堂内におごそかな演奏と読経が響き渡る下で進められた。これは、戦後六六年を経て初めての催しである。諸外国に比して、いまだ遅々として「弾圧犠牲者」への謝罪と、国家賠償を含めた名誉回復が進まない現状に一石を投じる催しである。◆恒例となっている国会への請願行動は、「大震災」などの事情により一一月九日になった。全国的に署名目標達成とその上積みが急がれる。この「署名」と「請願行動」を展開し、前進させる重要性は今さら論を待つまでもなく、国賠同盟の正面の課題である。◆とはいえ、いま治安維持法・犠牲者の物故者が増え、存命者が少なくなる下で、国賠同盟の存在意義が問われつつある。アジアに生きる日本に、かっての侵略戦争に反対した少なくない先人がいたことを顕彰し、その存在をわが国以外に明らかにすることは、国賠同盟の今日的な一つの運動方向を示唆しているのではなかろうか。◆各都道府県レペルでの取り組みを創意ある形態で広げることが必要ではないだろうか。

不屈 和歌山県版 №243 2011.11.15 (2)

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# by itohasimoto | 2011-11-15 21:24 | 不屈県版から

歴史の記憶に関する法

嵐のなかでたたかいを前進させている
          スペインを再び訪ねて


「歴史の記憶に関する法律」の
その後と日本国憲法9条の碑を見る

                吉 田 好 一


治安維持法国賠同盟と共催で

 私は、本誌「治安維持法と現代」二〇〇八年秋季号に「反ファシズムの集大成 スペイン『歴史の記憶に関する法律」と題する文章を掲載させていただいた。そのなかで、「歴史の記憶に関する法律」(以下、「記憶法」と略)の内容や成立した経過について簡単に書いた(注参照)。
 この法律を知ったのは、国連拷問禁止委員であるスペインのマリーニョ・メネンデスさん(カルロスⅢ世大学教授)を通してであった。
 二〇〇七年五月、拷問禁止条約第一回日本政府報告書蜜査については、本誌二〇〇七年秋季号に、国際人権活動日本委員会など四団体の「意見」が、二〇〇八年秋季号には、拷問禁止委貝会の「結論と勧告」が掲載されている。改めて本誌編集部のご努力に敬意を表したい。
 本文は「記憶法」のだたかいが、その後どうなっているのか、二〇〇九年四月{国際人権活動日本委員会主催}と今年六月一一六日から七月三日まで、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟との共催によるツアーが企画され、二四名が参加した。その内容をお伝えしたい。

「記憶法」の専門家お二人と意見交流会

 六月―八日、マドリッドで、一一年前に訪問したときにお匪話になったメネンデスさんと、同僚で「記憶法」の専門家であるラファエル・エスクデロ教授のお二人と意見交流会(下の写真)が行われた。
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 最初に私から「フランコの内戦・独裁時代における犠牲者の名誉回復のための『記憶法』は日本でも関心が高い。日本の歴代政府は侵略と植民地支配、国内外の弾圧を反省していない。こういう法律をぜひ日本でもつくりたい。東日本大震災での福島第一原発事故は放射能を世界に撒き散らしている。広島・長崎で被爆国となった日本が、いま加害国になっている。原発をなくし、スペインでも進んでいる自然子不ルギーによる発電についても学びたい」と発言しました
 メネンデス教授は「ふたたびお会いできて非常に嬉しい。国連の拷問禁止委員をしている。国運に訴えにきた布川事件が無罪を勝ち取った報告は大変うれしく感じている。三月の大震災にお見舞い申し上げる。スペインには八か所の原発があり、サパテロ社会党政権は閉める計画はないが、新しく作る計画もない。ここ数年太陽パネル、風力発電などが急激に伸びている。フランコによる犠牲者の骨を子孫に返す、先祖の名誉を回復するのは非常に難しい」と述べた。
 エスクデロ教授は「一九三六年以来フランコにより一四万四千人が合同墓地に葬られている。「記憶法」は政党ではなく市民団体で問題にし社会党が支持して出来た。国民党(右派)は『昔の傷を広げる』と反対している。次回の総選挙でサパテロ政権が負ければ『記憶法』がなくなるかもしれない。フランコ主義の思想は根強く残っている。特に警察や車隊の中に。フランコの墓も残っている。教科書に共和同政府のことが書かれていない」など、「記憶法」に基づくたたかいの前進が、逆流に抗して厳しいものになっていると話された。

ゲルニカ、グランカナリア島に分かれて

 代衣団は二九日よりAコース(一三名)、Bコース(九名)の二つに分かれた。
 Aコースはスペイン最古の大学の街サラマンカの「歴史の記憶法資料館」を見学。七月一日にはパブロ・ピカソの壁画で有名なゲルニカヘ。一九三七年四月二六日、フランコはヒトラーなどの力を借りて広島・長崎へっながるゲルニカヘの無差別爆撃を行った。ゲルニカ平和博物館(本誌[日本と世界の戦争博物館]参照)を見学し、空爆の被害者である八八歳のルイス・イリオンドさんの体験を聞いた。
 私は、1年前のツアーで、四月二六日にゲルニカに行き、追悼式典に参加した。フランコは「爆撃はアカがやった」と宣伝し、フランコが死ぬまでイリオンドさんもそう思っていたという。
 Bコースは、マドリッドから1000キロ離れたカナリア諸島のグランカナリア島を訪れた。グランカナリア島で二番目に大きい街、テルデ市を訪問し、市職員の案内で「ヒロシマ・ナガサキ広場」を訪れ、日本国憲法九条がスペイン語で書かれている碑を見学した。日本でもこうした碑はないのではないかと思う。この碑ができたいきさつは、テルデ市がNATO加盟と軍事基地設立に反対し「非核宣言」を行ったたたかいのときに、非核と平和を求める市民のあいだで日本の憲法が話題になり、一九九六年に広場(ヒロシマ・ナガサキ広場)と九条の碑が建設されたということだ。
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日本国憲法9条の碑の前で


スペイン法律家たちと日本人との取組みが

 また、グランカナリア島では、ラスパルマス大学のカルメロ・ペレス教授(二年前にも『記憶法』に関ったメンバーということでお会いしている)のお世話で、平和・人権の活動をしているNGO八団体との意見交流会を持つことができた。
 ベレス教授は「カナリア諸島にも市民戦争時の三〇〇〇人の遺体が埋められている。『記憶法』の条文は不十分で、日本の憲法のような明確な規定がほしい。スペイン政府の対応も不ト分である」と語り、平和への権利国連宣言をつくるためにスペイン国際人権法協会(ベレスさんはこの協会の事務局長)が日本の学者・法律家とも協力していることを話された。「平和への権利宣言」は、日本国憲法九条だけでなく、憲法前文の平和的生存権を高く評価し、それを盛り込んだ国運宣言をするよう人権理事会への取り組みを行っている。
 ペレス教授から日本の書籍のカバー・をコピーしたチラシを渡された。「平和への権利を世界に」(かもがわ出版)笹本潤(弁護士、国際民主法律家協会事務岫長)・前田朗(国際人権活動日本委員会、東京造形大学教授)編著の本である。お二人ともジュネーブで活躍している。八月の人権理事会諮問委員会の前に、ジュネーブで「人民の平和に関する専門家協議会」を開催し、笹本さん、前田さんと塩川頼男さんが事務局を担当したということである。諮問委員会では、前田さんと笹本さんが、このテーマで発言した。
 また、今年の一二月には、「平和への権利を世界に」国連宜言の実施をめざす運動の一環として、スペイン国際人権法協会の会長、事務局長が来日する予定である。

「記憶法」は真実を探求するたたかい

 参加したNGOはフ牛和と人権カナリア諸島文化区域の会」「パレスチナ人社会のための女性の会」「難民援助のためのスペイン委員会」「歴史の記憶の会」「『私は女性』の会」など八団体九人で、それぞれの活動の紹介があった。最初に発言した「歴史の記憶の会」のイサベルさんは、「父親が市民戦争で処刑された。テルデの火山の火口に共産党員の遺体が放り込まれた。「記憶法」では遺体を掘り出す許可がでない。行方不明者のリストが不十分である。『歴史の記憶法』のたたかいは真実を探求するたたかいである」と非常に感動的な発言をした。カルメンさんは、父親が社会党・人民戦線に関与し、二〇年の実刑を受けた。自分もフランコ政権に迫害され、四○年前にカナリア諸島に逃げてきた。バスケスさんも弾圧された家族だ。叔父さんは迫害されフランスヘ亡命したが、フランスもナチスの占領下でドイツの捕虜となった。現在も帰国していない。バスケスさん自身は一九五七年に非合法下の共産党員になり、一九七〇年デンマークに亡命。フランコが死亡してからスペインに戻ることができた。
 続くNGOの方々の発言も「記憶法」にもとづくたたかいが、いかに困難なものかを語ってくれた。司法も保守的であると。しかし、「記憶法」は無駄、無効ではない、という力強い発言が最後にあった。

近代史の苦しみの中から

 『記憶法』に関する二度のツアーで感じたことはこの法律がスペインの近代史の苫しみの中から生まれたものであり、一般市民の力で誕生させるまでは難産だったと聞いている。野党国民党はもとより、この法律を成立させた社会党の中にも「過去の問題を掘り返さなくても」という意見があったりする。次の総選挙でサパテロ社会党政権が倒れればづ記憶法』もどうなるかわからないという心配も聞く。法律に不ト分な点があるとはいえ、治安維持法や横浜~件やレッドーパージなどの大弾圧や侵略と植民地支配について明確な反省も謝罪も補償もない日本にくらべれば『記憶法』を誕生させたスペインの社会は立派である。フランコ派の残党や右翼、保守勢力からはげしい攻撃を受けている中で、『記憶法』の精神をけハ体化し、前進させようとたたかっている学費、弁護士、NGOの活動家と交流できたことは非常に有意義であった。
 「日本でも『記憶法』を」という思いを強くし、これからも引き続き「記憶法」を学び、研究していきたい。

(よしだ こういち・国際人権活動日本委員会代表委員)

(注)

  歴史の記憶に関する法律

  スペインでは、一九三六年に選挙で成立した民主主義的な共和政府を打倒するために、ファシストのフランコ将軍が、ドイツのヒトラーやイタリアのムッソリーニの力を借りて反乱軍を蜂起させ、一九三九年に終結するまで内戦状態となり、以後一九七五年にフランコが死去するまでので六年間、独裁体制が続いた。この法律は、スペイン内戦や独裁体制の間に、政治的・思想的な理由により迫害された人に対し、その刑罰・人権侵害の不当性を宣言し、名誉回復をする権利を認め、犠牲者、遺族に年金・賠償金を国が支給。犠牲者の発見、遺体の発掘を国が支援するとしている。スペイン内戦に共和政府側の義勇兵として参加した外国人にもスペイン国籍取得の権利を認め、その場合、賠償などが適用される。独裁政権を賛美する公共の記念物の撤去、資料センター設置などを定めている。
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絵手紙 (「不屈」和歌山版 2011年5月15日号より)


「治安維持法と現代」 2011年秋季号 112~117頁

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# by itohasimoto | 2011-11-01 22:39 | 討議資料

無言館とちひろ美術館

無言館と安曇野ちひろ美術館を訪ねる旅
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2011年度「不屈」バスツアー


◇とき:10月12日(水)
    ~13日(木)


◇宿泊:鹿教湯(かけゆ)温泉・ニューかどや

                         (TEL:0268-44-2016)

 戦場に散った画学生たちの絵を展示する無言館。「世界中のこどもに平和としあわせを」と子どもや花を描いたいわさきちひろの美術館。信州の山宣記念碑も訪れます。反戦平和への決意を固め、治安維持法犠牲者を追悼するとともに、深まる信州の秋を満喫し、英気を養いましょう。


e0007762_16354423.jpg無言館

 長野県上田市、周りを山々に囲まれた田園地帯の丘の上に、ひっそりとたたずんでいる小さな美術館「無言館」。

 静まりかえった「無言館」の扉を押すと、志を果たすことなく戦場に散った画学生たちの声が聞こえてきます。

e0007762_16362483.jpg 絵描きになりたいと願いながら、一枚の画布、一冊のスケッチ帖に「生命の証」をきざみこんで戦地に発った若者たち。

「無言館」館主窪島誠一郎さんは、その画学生たちの遺した作品、遺品を全国各地に訪ね、収集しました。








e0007762_1637195.jpg安曇野ちひろ美術館

 青春時代に戦争を体験したちひろは、「世界中のこどもみんなに平和と幸せを」ということばを残しています。

e0007762_16373692.jpg ちひろが描いた子どもや花は、今もいのちの輝き、平和の大切さを語り続けています。

 97年にオープンした安曇野ちひろ美術館は多くの人が訪れ、いわさきちひろの代表作のほか、初期の素描、水彩、信州との深い結びつきを示す作品など、約80点が展示され、ちひろの画業の全体像に触れることができます。





山本宣治・高倉テル記念碑

e0007762_16382151.jpg 29年3月1日、高倉テルの義兄弟にあたる山本宣治を招き講演会が行われました。この講演の4日後の3月5日、山本宣治は治安維持法改悪承認の議会にただ1人反対演説をすべく上京しましたが、その夜右翼に暗殺されました。抗議の記念碑が高倉テルの借家の庭に建立されました。

◇申し込み:各支部事務局長
  または和歌山県本部
(TEL/FAX:073-422-7076)
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# by itohasimoto | 2011-07-31 16:39 | ツアー

支部のうごき

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橋本・伊都支部
 決めた目標はいつも確認しあって


 橋本・伊都支部では支部役員会を毎月開催し、その都度目標とその時点での到達数を確認し合っています。
 私か支部長に就任させてもらってから早や三年になります。最初に申し合せしたのが、①毎年記念講演会を開催して、会員外の人にも参加してもらおう、②メーデーその他民主団体との共催の場に「国賠同盟」の名前を知ってもらえるよう心がける、③署名の取り組みも、例年働きかけている民主団体だけでなく、幅広い市民団体へ呼びかけよう、の三点で、「国賠同盟」が広く市民の中に広がり、市民権を得るためにと、取り組み
ました。
 この三点のうち、計画通りに実施できているのは、3・15を記念した講演です。他にメーデー会場への団体旗を掲げての行動やプラカード作製、増税反対一斉行勤の会場へは、今年から胸の前後に“同盟”のゼッケンをつけて、役員五人で大きな声で訴え一人一筆の署名を頂きました。
 今後は役員ばかりの行動でなく、広く同盟員に参加を呼びかけ、会員拡大でも成功させたいと意思統一しています。署名の到達点は、個人で一四〇一筆、団体で四一団体です。

          (支部長 F ・ S二)

不屈和歌山県版 No.238 (2) 2011.6.15発行

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# by itohasimoto | 2011-07-11 08:26 | 不屈県版から

映画 弁護士布施辰治

映画「弁護士布施辰治」上映決定

e0007762_0522356.jpg同盟和歌山県本部は、この度、ドキユメンタリー映画『弁護士布施辰治』の上映を、自由法曹団、国民救援会とともに主催することになりました。
弁護士布施辰治は、「生きべくんば民衆とともに、死すべくんば民衆のために」として生涯を民衆のために捧げた弁護士です。
戦前、奴隷状態に置かれ虐げられていた韓国国民のために、日本では治安維持法等によって弾圧されていた人々のために闘い、ついには3.15事件弁護を理由に、権力によつて弁護士資格さえ剥奪されます。その上、闘う息子まで獄死させられますが、戦後の権力による謀略事件とも真正面から闘い抜きました。
この姿を同盟内外の方々にごらん頂き、感動をともにするとともに、同盟活動の一層の発展を期したいと思います。参加券普及によろしくご協力下さい。(鶴田)


とき:5月26日(木)

e0007762_0532145.jpg(上映開始)  (開場)
 ①13:30 ~ (13:00)
 ②16:00 ~ (15:30)
 ③18:30 ~ (18:00)

会場:和歌山市民会館小ホール

前売 1,000円
当日 1,300円
(中学生以下無料)




任侠これ弁護士の使命なり(略事項)

1880年 宮城県蛇田村(現石巻市)の農家に生まれる
1899年 「哲学」を勉強するため上京。蛇田でキリスト教に遭い、神田のニコライ堂の学僕となる。明治法律学校(現朋治大学)に入学。
1902年 判事検事試験登用試験合格。
1903年 宇都宮地裁検事代理。同辞任(桂冠の辞を発表)
1904年 東京にて弁護士事務所開く。
1906年 電車賃値上げ反対市民大会が端緒となった騒擾事件を弁護。
1919年 米騒動事件の弁護
1919年 東京の朝鮮基督教青年会館での集会で「独立宣言」発表検挙、裁判の弁護に無報酬で参加。
1923年 朝鮮独立運動の義烈団事件弁護のため渡朝。


不屈和歌山県版 No.235 3面 2011.3.15
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# by itohasimoto | 2011-03-15 22:47 | 不屈県版から

不屈中央№441目次

e0007762_1314163.jpg不屈 中央版 №441

主な記事

● 国会請願への取組みを強め同盟運動を国民的運動へ ・・・

● 2月中央常任理事会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 私も一言/高田公子 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 北から南から ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

● 同盟歌壇/椎田のぼる選 ・・・・・・・・・・・・・・・・

● 抵抗の群像/阪本一郎・群馬県 ・・・・・・・・・・・・・

● 顕彰碑/上甲米太郎顕彰碑 ・・・・・・・・・・・・・・・

● 時の焦点/3・15大弾圧事件 ・・・・・・・・・・・・・・


不屈 中央版 №441 1面 2011年3月15日(毎月15目発行)

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「小林多喜二生誕の地」碑前祭2月9日秋田県大館市(写真提供:藤本金治)

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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:57 | 不屈中央板№441

運動を国民的運動へ

国会請願への取組みを強め
同盟運動を国民的運動へ


菅政権は国民生活破壊と日米安保強化の路線を強め、消費税大増税を既定事実化するとともに「戦争する国」への道、「動的防衛力」への転換、自衛隊の]部海兵隊化を図っています。安保解消をめざし、憲法9条守れ、日本を「海外で戦争する国」にするな、のたたかいが改めて重要です。
こうした情勢のもとで、今年の国会請願は5月12目と決まりました。2月8目の中央常任理事会は、同盟運動を国民的運動へ発展させる取り組みを強めようと決議しました。
常任理事会は、また、同盟運動が単に過去の問題に取り組んでいるのではなく、未来を展望するたたかいであり、21世紀を平和と人権の世紀にしていくためのたたかいとして、歴史認識を正すことを運動の基本に据えることを確認しました。
いま、地方議会での意見書採択は全国371自治体に広がりました。全国各地で多喜二祭をはじめ犠牲者の碑前祭、墓前祭、記念集会が今年も多彩に行われています。京都では治安維持法犠牲者の慰霊祭が由緒ある清水寺でひらかれます。
春も、もう間近。4月はいっせい地方選挙です。5月の国会請願行動、6月には同盟の第35回全国大会も予定しています。
全会員運動で国会請願署名を大きくひろげ、会員拡大、支部建設など同盟活動を前進させるために奮闘しましょう。


不屈 中央版 №441 1面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:56 | 不屈中央板№441

閉塞感漂う時代

e0007762_1265678.jpg今の時代は、「閉塞感漂う時代」と言われます。石川啄木が評論「時代閉塞の現状」を執筆したのは約百年前の1910年8月、啄木を社会に大きく目を見開かせた幸徳事件(大逆事件)の2カ月後▼「思想上に於いて重大なる年なりき。予はこの年に於いて予の性格、趣味、傾向を統一すべき一鎖鎗(さやく)を発見したり、社会主義問題なり」と日記に書きます。大逆事件は、啄木ばかりでなく徳富藍花・永井荷風らの文学者・知識人に衝撃を与えます▼社会主義思想の広がりを恐れた時の政府は取締まりを強化し、1911年4月には警視庁に特別高等課(特高)を設置。閉塞状況打開を国民への弾圧と富国強兵、他国への侵略で活路を求めます▼あれから百年、時代は当時と似ているといわれます。しかし日本は平和憲法をもち、アジアでも世界でも「紛争は話し合いで解決する」という平和の流れが大きく発展。「再び戦争と暗黒政治を許すな!」同盟の出番がつづきます(池)


不屈 中央版 №441 2面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:55 | 不屈中央板№441

2月 中央常任理事会

5月国会請願にむけて署名を大きく広げ
地方選挙で同盟の目的実現勢力の前進を


2月8日 中央常任理事会

初めに柳河瀬会長から「菅政権が国民生活破壊・財界奉仕を鮮明にし、日米軍事同盟強化による戦争する国への道をすすめていること。また比例定数削減で国会から改憲反対勢力をしめだす。日の丸・君が代裁判では教育の自由・思想・良心の自由を根本から否定する司法の反動的判決など、“反共は戦争の前夜"の風潮が強まりつつある。再び戦争と暗黒政治を許さず、人権を守り歴史認識を正すことは未来を拓く道であり、同盟運動の原点であること。学習を強めて国民的運動への確信をつくり、地方選挙のなかで多くの人とふれ合い、署名ど要求実現の勢力を広げよう」と挨拶されました。
続いて針谷事務局長から当面する活動方針が提案され、国会請願など同盟運動を国民的世論にまで広げる課題を重視し、地方選挙のなかでも署名・会員の拡大、顕彰、地方議会への陳情など取組みを強めようとよびかけました。
続いて小池財政部長から財政報告。3月期末の会費完納を訴えがあり、休憩後討論に入りました。
岡山(中元)は、年末にむけた活動で、12月に22団体訪問して2770筆に到達、会員は258人と目標を超過達成。困難をのりこえて奮闘していると報告。
京都(岡本)からは、治安維持法犠牲者の慰霊祭を広くよびかけて多くの市民の共感を得ようと著名な方々、京都宗平協、民主府政の会などと相談、清水寺の役員会でも議決。10月23目清水寺本堂において開催を決めた。青年たちにもよびかけ、このなかで同盟への信頼も広がっている、と発言。
大阪(塩田)からは高槻市議会(人口40万人)と島本町議会2つの議会での意見書採択に至る特徴を発言、意見書は公明党議員を含む全会派の合意で実現。その根底には、同盟高槻支部による毎月の三役会議、ニュース発行、救援会、いしずえ会など学習と共同が進んでいることを指摘されました。
北海道(宮田)では北教組教員の政治活動の調査が校長と対で調べられたり、教育研究会参加の有無、情報提供、密告を進めたり、卒業時の日の丸・君が代に対して起立するかしないかを事前登録させ職務命令書を出すなど思想統制が強化され、「子どもを戦場に送りだす犯人になってしまう」と泣き崩れる教員もいる。同盟は請願署名活動と共に、闘う教員への全面的支援を強めたい。
溝渕女性部長は、第別回全国女性交流集会が28都道府県、81名が参加、草の根からの女性部活動をどう発展させるかが議論され、国民的運動への挑戦が始まっている。第57回母親大会(於広島)には中国ブロックを中心に取組むとし、その成功を呼びかけました。


不屈 中央版 №441 2面 2011年3月15日(毎月15目発行)


秋田(近江谷)からは、正しい、歴史認識について発言(別掲)。

神奈川(増本)からは教員に対する攻撃では、君が代斉唱で口を開いているかまで調べている。裁判では「心の自由を守る裁判」が闘われており、このたたかいの共同は同盟自身の任務でもあると指摘。さらに、斉藤(国際部)、四津谷(東京)、井上(大阪)、小原(神奈川)、冨矢(編集部)、山崎(東京)各氏から積極的発言が続き15名が発言。最後に針谷事務局長から「京都の慰霊祭の取り組みなど、発言の多くが国民的運動への新しい取組みとなっている。この広がりを確信に署名を広げ国会請願を迎えよう。とくに秋田の歴史認識の学習を重視したい」とまとめました。


不屈 中央版 №441 3面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:54 | 不屈中央板№441

近江谷副会長発言

正しい歴史認識を深め、広げるために
近江谷副会長発言の要旨


わが国の歴史認識をめぐる最大の問題は、日本が過去に行った「15年戦争」を侵略戦争と認めるか、それとも「自存自衛」「アジア解放」の戦争だったと正当化するのかということ。わが国の戦後歴代内閣は、この侵略戦争を正当化、美化し、今も自民や民主党国会議員などの靖国神社参拝、文科省が侵略戦争を美化する歴史教科書を許可、普及するなどの逆流がある。
このような誤った歴史認識を残した原因は次の3点にあります。
第1は、「15年戦争」の最高責任者である昭和天皇を免罪したことが国家責任をうやむやにし、それが歴史の歪曲となり、歴史認識をゆがめることに通じたものです。
第2は、戦後日本の平和的・民主的再建の進路を明確に示したのは日本共産党だけであり、他の政党は戦争推進に協力した反省もなしに党名をかえ、主権在民否定、天皇制存続論に立っていたこと。
第3は、アメリカが戦争犯罪人を釈放して日本政治の戦犯性を強め、過去の戦争を正当化する重要な要因となっていることです。
歴史の事実に背を向け、侵略戦争を正当化する歴史観・戦争観を許さない国民的合意をつくりあげていくことは同盟運動に直接関わりを持つ課題です。同盟は治安維持法弾圧に屈せず、反戦平和を闘った先輩たちの意志を引き継ぐものとして、歴史の偽造、侵略戦争美化の異常な政治からの転換を要求し、正しい歴史認識を国民のものにしていかなければなりません。


不屈 中央版 №441 3面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:53 | 不屈中央板№441

歴史の事実

過去の歴史の事実の重み
新日本婦人の会会長 高田公子


 「戦前命がけで侵略戦争に反対した人たちがいた」「戦後の新しい日本の出発は日本国憲法」が、私自身の活動の原点。2000年「日本軍性奴隷性を裁く女性国際戦犯法廷」での審理や戦争での戦争責任を明確にする市民・女性団体による裁判での元「慰安婦」の人たちの証言に衝撃を受け、韓国のナヌムの家を訪間。消しさることのできない過去の歴史の事実の重みと、日本軍の犯した罪の大きさにしっかり向き合って改めて日本国憲法を守りぬく決意をもう一度深く胸に刻みました。
あれから10年、被害者への謝罪と補償は実現していません。しかし国の枠をこえて連帯運動は広がって、日本や韓国、米国などで立法解決を日本政府に求める国際署名がすすめられ、61万人分を政府に提出。民主党は野党時代、戦時性暴力被害問題の解決促進法を国会に提出していたのに、政権をとったとたん、後ろ向きになってています。自民党政権以上に「目米同盟の深化」をうたっているいま、改めて私たちの頑張りを求められていることを痛感しています。


不屈 中央版 №441 3面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:52 | 不屈中央板№441

北から南 各地の活動

北から南から

広大な地域の会員つなぐ
生きいき支部活動-苫小牧


北海道苫小牧支部は、太平洋に面した近隣4町を含む、細長い約100㎞の地域で人口約22万の地域に会員90名が活動しています。
「国賠署名」は、粘り強く実践し支部結成以来20年間、毎年2500筆前後の目標をほぼ達成しています。今年度も新年に入り目標の60%に到達しています。署名推進にハガキ大の用紙裏表に大きめの活字で、地域の人が一目で理解しやすいように工夫した宣伝物を利用しています(写真下)。
支部幹事会は、新会員の加入にカを入れ、今年度も5名の会員を迎えました。また、同盟運動を継承するための若い会員を迎えることも重視しています。
支部結成以来の悩みの一つは、支部幹事会のメンバーは各地の諸活動の要職にある人々のため参加率が低く、結果として実務面で一部の幹事に集中するとともに、会員間の気分のちがいもありました。
そこで前総会では11名の幹事の中に6名の事務局員を選出し、事務局長・次長を補佐して幹事会との有機的結合を図りました。また支部「不屈」(会報)の発行を会員同士の顔の見える「動脈活動」として位置づけて重視し3名が分担。毎月発行を行い、中央版、北海道版と3紙合わせて15名の班長さんが定期的に配布しているため郵送料はゼロ、支部予算の10%をガノリン代として支給しています。班長さんは会費・募金の徴収や署名の回収などに奮闘しています。そして多忙な事務局長には支部活動を生きいきと発展させることに集中できるよう工夫しています。さらに今年度は、会員の学習を重視することを決め、その第一弾として新春学習交流会を開催し「山本宣治」について支部自前で講師を担当、2名の未会員を含む11名がひなびた温泉に集まり、学習のあと懇親しました。引き続き自前講師で「坂の上の雲」「宮本百合子」などをテーマに学び合い「知を力」として支部発展の展望を開きたいと考えています。
(事務局次長・三原悟)

高槻市、島本町議会に引き続き
各議会での意見書採択を 大阪


昨年12月、高槻市は全政党・全会派の賛成、島本町は全会一致で「治安維持法犠牲者への謝罪と国家賠償を求める意見書」が採択されました。大阪では泉南市以来16年ぶりの快挙です。
大阪府本部は大会後、意見書対策委員会を立ち上げ数回会合を重ね、昨年10月理事会では「地方議会に意見書・決議の採択を求める運動を新たな水準に高めましょう」を決議しました。府本部の提起を正面に受け止め、応えたのが三島支部(高槻市・島本町)です。三島支部は、①毎月三役会議、3カ月ごとに幹事会を開き、②支部結成以来欠かさず支部ニュースを発行、③毎年5月に開かれる大阪解放戦士合葬追悼会に4団体(治安維持法国賠同盟、国民救援会、大阪いしずえ会、日本共産党)共同でバスを仕立て参加しています。④1月には4団体共同の新年会を開き、学習と懇親を深めるなど大阪府本部では先進的な活動をすすめています。
三島支部の意見書採択の教訓は何よりも鳥杢局男支部長を先頭に役員が必ず意見書採択を勝ち取るという固い決意と構えで臨んだことです。三島支部は早速、国会請願署名の協力要請に連合系の労働組合を訪問しています。府本部は三島支部の快挙を大いに喜び、各支部は三島支部の教訓をしっかり学び、三島支部に続こうと議会での意見書決議の運動を強めています。
(大阪府本部塩田一行)

大阪-枚方・交野支部結成

枚方支部は30年ぐらいの歴史があるのですが、最近は一部の世話人の活動になっていて署名活動や諸課題に十分な取り組みが出来ていなかったので、枚方・交野(ひらかた・かたの)支部として再出発することになりました。
昨年並月11目は10人の参加で府本部顧問の藤木さんに「国体の魔力との赤魔の培養」で講演をしていただき、治安維持法が改悪・強化されてきた歴史や戦後治安維持法を廃案にしたのは占領軍であり、その後も戦前の特高警察や思想検事の多くが日本の政治にかかわり国体思想を温存してきたことがよくわかりました。その後、活動方針(会員数100名、署名1000筆目標)と役員体制を確認。
(枚方・交野支部 児玉定敏)


不屈 中央版 №441 4面 2011年3月15日(毎月15目発行)



念願の女性部を結成
-滋賀県大津支部


5名の女性世話人で昨年夏以来数回の相談を重ね、年末の12月15目、念願の女性部が発足。当日は9名参加、前半は第21回全国女性交流集会報告会、後半を女性部結成の集いとしました。
『青鞜』発刊100年の今年、平塚らいてうや与謝野晶子など、文学を通しで女性人権問題を学ぼうという意見も出されました。まずは2月11目、地元大津市内で吉川春子氏を招いての「日本軍“慰安婦"問題を考える」集いを大きく成功させるため全女性会員の参加をめざして取り組むことを確認。
(県女性部世話人・古谷道代)


結成1年で百人目前 京丹後支部

京都府の西端にある人口6万人の京丹後市に国賠同盟支部が生まれて1年。同市は6町が合併し人口は6万人。長寿日本一で100歳以上の高齢者が50人以上も元気で働いています。漁業、農業なども盛んです。元町議や教師、戦争で中国やシベリアまで動員された体験を持つ人たちが集まり、2度と戦争しない運動を死ぬまでやるには、国賠同盟が最適だと、支部を結成。支部の活動として反戦運動の先駆者・渡辺和尚や反戦教師で特高に虐殺された倉岡愛穂さんの墓前祭、横浜事件の犠牲者和田喜太郎さんの研究会、イノシシ肉と野菜をたっぷり使った鍋料理を囲んだ新春の集い等、楽しい取り組みをしながら会員を拡大し、あと数人で100人突破目前です。
(京都府本部・岡本康)

不屈 中央版 №441 5面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:51 | 不屈中央板№441

同盟歌壇 碓田のぼる選

同盟歌壇 碓田のぼる選

新潟県 加茂川ハル子

 午後の五時ナースセンターあわただし片隅で聞く癌の告知を


静岡県 江川 佐一

 次号から高沢義人の歌なきか一月二十八目の訃報切り抜く


新潟県 柳川 月

 卒寿までよくぞ生きたと冬将軍祝いくるるか大雪降らす


兵庫県 岸本 守

 民主主義求める民に追い込まれバラク辞任す狂喜の市民


東京都 若林義文

 反戦を決めし松井田駅に立ち六十六年をふりかえり見つ


福井県 元山章一郎

 節分の豆を噛みしめカとす閉塞破る春のたたかい


鳥取県 大久保禮吉

 危篤とて母の枕辺に馳せたれば骸(むくろ)に残れる仄(ほの)かな温もり


東京都 鈴木すみ江

 悉皆がおごそかに見ゆここ印度山川草木虫魚禽獣艦褄の人


大分県 渡辺幹生

 大分に治維法と闘いし先達あり二月百歳となりて矍鑠(かくしやく)


和歌山県 中平喜祥

 夜になれば大阪の街も変わりなし踏切があり遮断機が開く


《選のあとに》

「年年歳歳(ねんねんさいさい)花相(はなあい)似(に)たり、歳歳年年人同じからず」。これは初唐の詩人劉希夷(りゅうきい)という人の詩の一節。毎年花は同じように咲くが、眺める人の姿は同じではないということ。にもかかわらず、変わることなく歌は作り続けるてゆきたいもの。
(高沢義人さんは1月28日逝去されました。謹んでお悔やみ申し上げます。)


不屈 中央版 №441 5面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:51 | 不屈中央板№441

群像 阪本一郎の受難

戦場から遺書代わりの論文
 図書館員阪本一郎の受難


「長い人生の旅路の果てに、ゆくりなくも45年ぶりに生み落したわが子に出逢ったよろこび…」。

45年ぶりの邂逅

こうした書き出しの礼状を当時群馬県前橋市内で書店を経営していた阪本一郎氏から受け取ったのはe0007762_0585733.jpg1987年の春。当時71歳でしたから、ことし95歳。幸いにも今日、前橋郊外で御健在。去年の夏、「赤旗」紙上で投稿をお見受けしました。
戦時中二度も中国大陸の戦場に召集された阪本氏。その阪本氏が菊年ぶりに出逢えたものは、いわゆる中国残留孤児と思いきや、実は当時一兵卒の坂本氏が中国大陸の荒野の月明かりを頼りに遺書のつもりで書きあげた「わが国近代図書館の黎明」と題する小論文。
執筆した阪本氏自身、内地の恩師に送り届けたこの論文が高く評価されて、日本図書館界で最も有力な専門誌『図書館雑誌』1942(昭17)年2月号の巻頭をかざったことを、当時はもちろん、実に戦後妬年間知らなかったのです。
後輩の見知らぬ図書館員の一人が発掘して送り届けたその雑誌論文コピーを阪本氏は生み落して45年間、離ればなれになっていたわが子を抱くかのように目を細め、一宇一句に指を添えて繰返し読みふけったと言います。
論文が掲載された1942年2月といえば、戦火がアジア・太平洋全域に拡大された直後、「治安維持法」はじめ「軍機保護法」や「国防保安法」、さらには太平洋戦争開始と同時に制定された「言論出版集会結社等取締法」など弾圧法規が網の目のようにはりめぐらされていました。1兵卒の身で最前線の戦場からの送稿、しかも唯物史観による史論の雑誌掲載は到底不可能の状況でしたが、恩師が編集長、そして学術専門誌のゆえにか、幸運にも軍隊や官憲の検閲の目を免れることができました。

「地方文化」弾圧事件

この「幻の名論文」に前史があり、事件はその5年前に起きていました。1937年5月26目、読売新聞が『農村青年を目標に同人雑誌で〃赤〃宣伝、東大生ら8名検挙』の大見出しで報道しました。
「同人雑誌の氾濫時代に合法仮面を被って、地方農村の青年男女に対し、極左思想の宣伝に狂奔していた嫌疑で、雑誌『地方文化』の同人、本郷湯島止宿東大法科3年佐藤正二(25歳)、同目大医科1年田中一男(22歳)、上野図書館書記阪本]郎(21歳)、会社員深町英夫(28歳)、同人内妻三井ひろ子ほか3名の8名が数目前から本富士署に留置、警視庁特高課第一課安斉警部、千田同署特高主任の取調べを受けている…」

世に言う『地方文化』弾圧事件。

群馬の佐藤正一一氏とともに首謀者とみなされた佐藤正二氏はじめ阪本一郎氏を含め8名全員、木刀で殴打され、なんども気絶させられる拷問を受けたといいます。
佐藤正二氏は、戦後群馬で政治革新と民主的医療事業の普及に貢献され、晩年は群馬県本部会長として同盟運動に尽力されました。
阪本一郎氏は、6カ月後起訴猶予処分となったものの、以後特高警察の監視下に置かれ、戦火拡大と共に2度にわたり最前線の戦場に狩り出されました。論文はそこで書かれたのです。戦後ソ連抑留を経て生還した阪本氏は、母扶養のため図書館に復職することなく故郷群馬で民主書店を経営、60年安保大闘争をはじめ、平和と民主主義の運動を精力的に展開されました。
群馬県出身で国会議員、日本共産党元書記局長の金子満広氏は「戦後一貫して私を支えてくれた。募金にしてもいつも期待した倍以上届けてくださった」と語っています。(山崎元・東京都本部)


不屈 中央版 №441 6面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:50 | 不屈中央板№441

上甲米太郎の顕彰碑

日朝友好に生涯をささげた
上甲米太郎顕彰碑

愛媛県八幡浜市で除幕・落成式



反植民地教育運動家として知られている上甲米太郎の顕彰碑が、郷里の愛媛県八幡浜市川之内の上甲e0007762_0544187.jpg家墓地に完成し、2011年2月25日、除幕・落成式と記念集会が開催された。
昨年9月、地元の教員などで作っている「上甲米太郎研究会」が中心となり、「韓国併合100年」の年に、植民地朝鮮で朝鮮の独立を願い、朝鮮の子供たちと生きようとして、治安維持法により弾圧された上甲米太郎の顕彰碑を建立する計画が提起され、地元・川之内地区の住民の協力もあり、10月「上甲米太郎顕血粟百が設立され、事業が始まった。
この計画は、「八幡浜新聞」「愛媛新聞」などにも大きく紹介され、募金者は北海道から九州まで、3ヵ月間で、約150人から140万円の資金が寄せられた。
ジェームズ三木氏の「被害者意識は誰でも持つが、自分が加害者であることに気づく人は驚くほど少ない。朝鮮人の心を心とし、大日本帝国の植民地弾圧に、一人で立向かった日本人教師がここにいた」の碑文も追加、上甲米太郎顕彰碑が完成した。
1月29目の落成記念集会には、八幡浜副市長橋本顕治氏、日本コリア協会愛媛県理事の佐々木泉氏のメッセージも紹介され、記念講演では、上甲まち子さん(米太郎長女・青年劇場俳優)が「父・上甲米太郎を語る」を話した。(澄田恭一)

不屈 中央版 №441 7面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:49 | 不屈中央板№441

時の焦点 3・15大弾圧

時の焦点

 3・15大弾圧事件


3月は国賠同盟にとって特別の意義をもつ月です。
「殺せ、殺せ一え!」、小説『一九二八年三月十五目』の中で多喜二は主人公の渡が小樽署で太い針を身体に刺されても頑張る姿を「うん、うん捻りながら」書きました。
1928年3月15日未明、特高警察による共産主義者、同調者など1600人余の大検挙が全国1道3府27県で一斉に行われ野蛮な拷問と取り調べが行われました。
治安維持法は1925年(大正14)年4月に公布されて以来、日本帝国主義戦争の敗北までの20年間、侵略戦争の反対者と国民を圧殺し続ける「弾圧装置」でした。
治安維持法は、この年の6月には天皇の緊急勅令によって「死刑法」「目的遂行罪」が付与され、翌年の帝国議会で反対の論陣をはった山本宣治は3月5日、神田・光栄館で右翼によって刺殺。続く4月16日の大弾圧。最初は共産主義者と同調者へ、やがて知識人、宗教者にまでおよび、天皇は1936年、共産主義運動圧殺が「完結」したとして特高警察、思想検事ら娼名に叙勲と金銀杯を下賜してその功績を讃えたのです。これらのメンバーは、戦後の断罪が不徹底なため公安警察の復活への足掛かりとして残され、多喜二虐殺の真犯人、警視庁特高・中川成夫は戦後、東京北区の教育長にまでのぼり詰めていました。
今日、革新勢力へのビラまき弾圧、公安警察や自衛隊情報保全隊の暗躍など治安維持法の現代版ともいうべき事態や、教職員への「君が代」起立までチェックする教育委員会、新「防衛大綱」の動的防衛力の導入など、「戦争する国」への国家体制が進んでいます。これらを国民に広く知らせ、戦前、国民を戦争に駆り立て、アジア全体で数千万人の犠牲者を生んだ治安維持法支配体制の歴史的事実を、国民共有の歴史認識にまで高める努力は、同盟活動の基本ともいうべき活動です。この月、各地の取組みの前進を。(藤田)

不屈 中央版 №441 7面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:48 | 不屈中央板№441

全国で多彩に多喜二祭

小林多喜二没後78周年
全国で多彩に多喜二祭開く


深雪ついて小樽・墓前祭
「記念の夕べ」に280人


小樽多喜二祭は2月20目(日)午後1時半から、前日からの深雪をついて奥沢墓地で墓前祭がおこなわれ94人が参列、宮田汎同盟道本部会長があいさつしたあと参加者が献花しました。
同日夜開かれた「記念の夕べ」ではノーマ・フイルド氏のあいさつの後、島村輝フェリス女学院大教授が「草稿から見る文学の生成-小林多喜二と井上ひさし」と題して、多喜二の草稿ノートに見る苦闘と成長について講演。280人が参加しました。


秋田県多喜二祭
生誕の地碑前祭と講演会


第46回秋田県多喜二祭は2月19日(土)午前、「小林多喜二生誕の地」碑前で献花。午後からは、韓国の李修京(イ・スウギヨン)氏が「韓国で多喜二がどのように受け止められているか」をテーマに講演、170人が熱心に聞き入りました。翌20目には、大館市において同氏による記念講演が行われ70人が参加しました。


ことしも満員の盛況
杉並・中野・渋谷多喜二祭


第23回杉並・中野・渋谷多喜二祭は2月18目(金)杉並区で開かれ、300人が参加。蠣崎澄子氏の「多喜二の足跡を訪ねて」の後、岡部政明氏の朗読「蟹工船」と村上弦一郎氏のピアノ独奏が耳目を集め、文芸評論家の三浦光則氏が「反戦平和と小林多喜二の文学」と題して講演。とりわけ反戦文学の先駆性を語りました。


講演会に250人
 大阪


多喜二の生き方に光あてる大阪多喜二祭は2月26日(土)石川康宏・神戸女学院大教授が「小林多喜二の生き方と現代の探
究」と題して講演、多喜二が戦前切り開いた闘いの火が戦後の日本に引き継がれたこと、同時に遅れた思想など、私たちが引き継がねばならない課題があると強調。250人が参加しました。

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不屈 中央版 №441 8面 2011年3月15日(毎月15目発行)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:43

不滅の不屈に入会

「不滅の不屈」に入りました 橋本伊部支部 S ・ I 夫

私は去年一月一七日に、国賠同盟橋本・伊都支部に入会させて頂きました。
名簿を拝見したら、「地方自治を住民最後の砦に」と頑張る各自治体の元・現議員ざん、戦後の一大労働運動史を著された小説家、思想差別とイジメに耐え抜いて企業を定年退職された労働者や先駆的住民運動家等々、その素晴らしさに圧倒されました。何もできない自身ですが、三・一五弾圧、八月一五日敗戦、一二月八日米開戦日が来れば、皆様とともに街頭にに立とうと決意するものです。
浅間山荘・連合赤軍殺人・よど号ハイジャッック事件も、そして今大阪維新の会や名古屋減税党の票泥棒の策動、卑劣な反共攻撃に対して、不屈のたたかいを挑むことは、善き市民の、主権者の、そして良心を授けられて出生した人間の義務であります。
また、目前の地方選挙に際し、勝利祈願から実践行動へと一歩でも踏み出そう、駅ビラも宣伝もカンパもやろうと思います。

(『不屈 橋本・伊都版№8』)
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# by itohasimoto | 2011-03-15 20:40 | 不屈橋本伊都№8

国会請願 足ふみ出そう

春の陣 足ふみ出そう

不屈 和歌山県版 №234


2011年2月15日

私たちの運動の基本
 
ふたたび戦争と暗黒政治を許すな。
1 治安維持法体制の復活に反対する。
2 国は、戦前の治安維持法が人道に反する法律であったことを認めること。
3 国は、治安維持法の犠牲者に謝罪乏賠償をおこなうこと。

不屈和歌山県版 No.234 2011.2.15 1面




国賠署名 春の陣

 国会請願めざし、大きく足をふみ出そう


♪  春よ来い、早やく来い  ♪

と子どもや孫たちに歌った昔、今は早く暖たかくなって欲しいと願いを込めて歌います。でも、梅の花も咲き、春はどこまで来ているのかと、署名用紙を持って外へ出て見たくなりませんか。
 八日、中央常任理事会が開かれました。全国的に署名の遅れが指摘され、平和に逆行する民主党政権のもと、署名を沢山積み上げることが情勢を切り開くことになると論議されました。
 情勢報告で、民主党政権に変わっても、政策は変わらず、「日米同盟の深化」を誇らしげに言う菅首相の「戦争する国」づくりと併せ、北海道、東京、神奈川からは教育へ対する「日の丸」「君が代」をはじめ様々な攻撃が強くなっていることなどが発言されました。そしてこの情勢と闘うことは、歴史認識を正す我々の運動を強めること。そのためには、同盟自身が歴史認識の学習をすることが大切だと強調されました。
 また、若者への話しかけは、憲法九条を守る大切さを入口にして、治安維持法下の命がけで闘った人がいたこと、憲法の礎を築いたことなど語りかけるごと討論されました。
 和歌山県同盟も、署名が大変遅れています。選挙で平和を守る陣営を大きくする運動とともに、多くの人に署名を訴えて前進しましょう。

2011/02/15 不屈和歌山県版 №234 1面

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# by itohasimoto | 2011-02-15 18:41 | 不屈県版から

山宣葬儀のパレード

“山宣”葬儀のパレード

    伊都・橋本支部  I ・ T孝


 過日行きつけの古書店で、作家井出孫六氏のエッセーを収録した『歴史のつづれおり』と題する書を入手し、その中で「“山宣"葬儀のパレード」というエッセーが心に残り、紹介したいと思います。
 治安維持法の改悪に反対しつづけた労農党の代議士山本宣治が凶刃に斃れたのは一九二九年の春三月でした。“山宣"の名で親しまれた山本宣治の遺体は、東京から生地京都に送られ、市内の教会で葬儀が行われることになったその時、当時京都の撮影所で働いていた無名のカメラマンたちが数台のカメラを回して、遺体が宇治の自宅に運ばれ、ついで葬儀の会場に行くまでの経過を丹念に追った。
葬儀の一部始終が警官隊の警戒のもとに進行し、.それを追うカメラが次々に当局によって没収されていったが、フィルムだけはひそかに抜きとられて保存されていた。
 フイルムには、“山宣"の遺体が京都駅につき、多くの支持者たちに迎えられる光景のあと、突然、駅前広場に騎馬警官の一隊が現れ、群衆がたちまち蹴散らされていくさまが映しとられている。キリスト教会に向かう霊柩車に、やがて数十台の駅前タクシーが、蹴散らされたはずの群衆を次々に乗せてつき従い、期せずして、烏丸通りにタクシーの大パレードが行進するのがカメラに映し出されています。
 葬儀実行委員会の記録には、タクシー数十台分の代金は記録されておらず、おそらく騎馬警官隊の乱暴を見て憤慨した駅前タクシーの運転手たちが自腹を切って群衆を運んだパレードだったのだろうと、井出氏は推察しています。
 「山宣ひとり孤塁を守る。だが私は淋しくない。背後には大衆が支持しているから」との有名な言葉をフイルムがいみじくも物語っていると私は実感し、民衆史の一端を垣間見ることができました。


不屈和歌山県版 No.234 2011.2.15  3面

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# by itohasimoto | 2011-02-15 18:10 | 不屈県版から

韓国平和連帯の旅

東学農民革命運動について

同盟主催 2010年韓国平和連帯の旅から

   那賀支部 K ・ Mよ


 韓国では近年、京学農民革命運動の評価が高まり、いろいろ見直しがされているとのことだった。その表れとして革命記念館が金大中・大統領によって建てられている。このような話を聞いた時、私は日本の秩父事件のことを思った。
 朝鮮では東学という一教義が農民の中に広まっていて、禁教にされ、指導者が迫害されていた。この教義が広がるには、朝鮮王朝下での農民のおかれている苦境があった。そこへ納得のできない新たな名目の徴税が起こり、全琫準が倡義文を表明して悪政と搾取に立ち向かった闘いが全羅北道で起こった。
 この農民運動鎮圧に清国へ要請し、ついで日本軍にも要請して、両国の軍隊がこの地で対立した。日本軍が清国軍へ奇襲をかけることで日清戦争がおこり、農民軍への根絶やしの掃討作戦が行われた。その数三〇万人という。当時の人口は一千二百万人だというから、その三〇万人である。
 日本は朝鮮の植民地化を考えていたのである。その障害物となっている東学農民軍を完全に殲滅する、根絶やしにする目標を持った、徹底的に一人残らずさがし出して追い詰めていった。三方から半島の西南端に追い詰め、約五万人と言われる「束学堂残党」を虐殺した。それでも残ったものは、最期は全羅南道の「珍鳥」で全滅した、という。
 中国への侵略、南京大虐殺より以前に、朝鮮半島で、このような大虐殺が、ジェノサイドがあったことは、初めて知った。
 日清戦争についても、詳しいことは知らないが、朝鮮の地での戦争であったのかと知った。
韓国では東学農民革命記念事業会というのがあって、引き続き調査や研究がおこなわれている。
今回の現地案内、説明に学者、教授が参加してくれた。貴重な資料も頂いた。
 頂いた資料には、東学農民軍殲滅作戦に従軍した日本の部隊のこともあった。資料では、従軍した日本軍の一人ひとりの兵士は、これまた農民から徴集されたものだとある。
 東学農民軍の指導者、全琫準が一二月二日に逮捕されて一八日にソウルへ送られるまでの間に調べられ、拷問を受けて自力では立てないように足をやられて輿に乗せられてソウルの日本軍のもとに送られた。そして一八九五年三月に処刑された
 日清戦争が一八九五年四月に終焉し、いよいよ日本が朝鮮植民地化へ本格的に乗り出していった。
遺跡地めぐりでは、全てを廻れたのではない。いくつもまだまだ遺跡はある。

【編集部注 = 東学は、朝鮮李朝末期の一九世紀半ば、土着のシャーマニズムに儒・仏・道を折衷し、西学(キリスト教)を排斥した民族的宗教。(広辞苑)】


不屈和歌山県版 No.234 2011.2.15 4面

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# by itohasimoto | 2011-02-15 17:34 | 不屈県版から

不屈 橋本伊都 №5

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【私たちの運動】
ふたたび戦争と暗黒政治をくりかえさないために、治安維持法犠牲者国家賠償法(仮称)の制定をもとめる平和・人権・人道の国会請願署名運動など精力的に取り組んでいます

もくじ

国賠同盟和歌山県本部理事会の報告

国賠同盟橋本・伊都支部 学習会・2010年度総会

レジスタンスに理解と尊敬の国
文明発祥の地 イタリア旅行記
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# by itohasimoto | 2010-08-15 17:05 | 不屈橋本伊都№5

本部理事会の報告

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国賠同盟和歌山県本部理事会の報告
  橋本・伊都支部支部長 F  S二


e0007762_2182921.gif 去る8月7日(土)に聞かれた、国賠同盟和歌山県本部の第3回理事会で、県下各支部から出席した理事や、県本部常任理事を交えた討論の、主な内容(概略)を報告します。
運動のありかたについて多くの意見が出ました。
*署名を集めて、年I回国会へ請願行動をしているが、果たしてこの運動が成果につながっているのか。
*同盟員拡大や、署名の目標を掲げて運勤しているが、なかなか計画どおり進まず、苦労している。
*もっと若い人を対象に働きかけをして、組織に加入してもらい、組織の若返りを図らなければ、組織の維持すら困難だ。

 具体的に運動が進んでいるところでは

*会報を届けたり郵送するときに、署名簿を同封し、会員に署名を取り組んでもらっている。
*会員以外にも「支部ニュース」を届け、署名や会員拡大に協力してもらっている。
*財政活動(会費徴収)時に、その都度署名を広げてもらうよう要請している。

 これからの運動について

*「自公政権退場、民主党政権誕生という今日の政治情勢のもとで、歴史認識を正す可能性を切り拓く条件が大きくなっている」=中央本部柳河瀬会長あいさつ=とあるが、国会での請願書の取り組み状況を聞くと、紹介議員の数(一昨年128人、昨年72人)が減っているし、法務委員会でも審議未了となっている。運動(請願)そのものを達成することが大事であるが、この
 運動が“市民権"を得る取り組みが全国で繰り広げられるような奮闘が必要ではないか。
*天皇制権力犯罪、国家テロリズムの犠牲者に謝罪を求めることを、改めて中心に据えていきたい。
*組織の名称は、もっと理解しやすいものにできないのか、名前を変えたらよいのでは・・・
*治安維持法で犠牲になったり、また、その経験をもつ家族が少なくなっているもとで、治安維持法そのものを広く県民に知らせる運動の工夫が必要ではないか。
*私たち同盟員自身も、歴史認識を変えるための運動を、もっと意識的に取り組む必要があるのではないか。
 以上の報告を、8月11日(水)橋本・伊都支部役員会で行ない、10月2日(土)に支部主催の学習会を開催することを決めました。

不屈(橋本・伊都版) 第5号 (1) 2010年8月15日

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# by itohasimoto | 2010-08-15 16:58 | 不屈橋本伊都№5

支部総会・学習会

国賠同盟橋本・伊都支部
学習会・2010年度総会


 日 時 10月17日(日)13時~15時30分
 場 所 伊都教育会館

 ■学習会 13時~14時30分

   講師東芝弘明氏
   国賠同盟橋本・伊都支部事務局次長
   日本共産党かつらぎ町議会議員
   演題「今日の国賠同盟運動の意義」

 ■総 会 14時45分~15時30分

   2009年度活動報告
   2010年度事業計画
   役員改選
   その他

不屈(橋本・伊都版) 第5号 (1) 2010年8月15日
 
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# by itohasimoto | 2010-08-15 16:57 | 不屈橋本伊都№5

イタリア旅行記

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レジスタンスに理解と尊敬の国
文明発祥の地 イタリア旅行記

橋本市在住 S I夫さん

 5年前の6月、全日本年金者組合近畿ブロック企画のイタリア旅行へ参加し、イタリア年金者組合と交流しました。その概要と見聞の感想を簡単に述べます。

抵抗運動犠牲者の慰霊碑に涙する

 ローマのバチカン政庁(カトリック教の世界総本部で一国家を形成している)のサンーピエトロ(聖使徒ヘテロ)大聖堂を見学。ミケランジェロの天井壁画は迫力がありました。次に少し離れたところにある世界戦争犠牲ローマ市民の慰霊碑へ行き、15歳から75歳の男性335名がナチスドイツにより、抵抗運動の報復として虐殺されたと聞き、その立像に涙しました。

イタリア国歌の大合唱

 夜はカンツォーネレストラン、日本風にいえば民謡飯店での2時間の屋外夕食会があり、メンバー数人がイタリア国民歌アバンティポポロ(人民よ進め)をリクエストし、原語で大合唱になりました。

 すすめいざ 旗かざして うたごえよびかわし
 すすめいざ よびかわし すすめいざ旗かざして
 うたごえたからかに
 平和の旗かざして   平和の歌たからかに
 平和の旗ひるがえり  平和の勝利うたうよ

曲は『むすんでひらいて』の様な単純なものですが、王制から共和制への移行時の祝賀と、悪政との戦いのときのこえと聞きました。

カーサーデルーポポロ(人民の家)を訪問

 翌日はバスで320』移動し、フィレンツェに着き、サンタ・マリア大聖堂を見学後、郊外のカーサーデルーポポロ(人民の家)を訪問し、イタリア年金者組合との交流の夕べの機会に恵まれました。内容は次のとおりでした。

 《年金者組合大阪府本部副委員長》
 「イタリア年金者組合の運動と成果を日本に持ち帰り、両国の高齢者福祉の増進と友好、民主運動の相互発展を望むものである」

 《村長》
 「人民の家とは、国と地方の行政サービスを実施する団体で、中部イタリアで多数開設され活動している。各種各層の団体が参加し、我々の家ではカトリック信徒が400人、その他、政党、労組、年金者組合等で、1300人が加入している。すべて自由意思に基づいて参加運営されていて、村の人口は2万6000人である。村には16の家があり、サークル活動として、スポーツ(サッカーは特に盛ん)、映
画鑑賞、児童バレー、ダンスがあり、老人の生活支援活動も活発で、コーラスはわが家では70人が参加している。

《家に政党として参加している「再建イタリア共産党の代表者」》
 「企業と官庁の退職者全員と自営業者等が年金者組合に加入し、組合が代行して年金請求事務や税務申告の相談をしている。年金は60歳から受給者すべてに月額500ユーロ(約6万5千円)の上乗せ、最低保障制度があるが、生活苦を訴える組合員が多い。勤労者と老年者の権利擁護路線を擁護し、連帯と支持拡大に努め、将来我が国の政治勢力の主流を目指している」

パルチザン、反ムッソリーニに理解と尊敬

 《書記次官》
 「日本のJR職場では、共産党員は絶対に新幹線の運転士にはなれないが、イタリアではどうか」
 《イタリア共産党の代表》
 「全く関係ない。技術と資質、心身の健康のみが配属の基準である。我々はパルチザン、反ムッソリーニの闘争、その後のドイツの占領に対抗し、戦争終結のため、多数の党員の犠牲、救国の努力とその精神は、深く国民に理解されていて、極右以外の国民から尊敬を得ているのである」

 《副委員長》
 「大阪府民800万人で組合員6000人(全国は7万人)だが、イタリアではどうか」
 《イタリア共産党の代表》
 「60万人である。全国では国内最大労組が430万人を超えている」

 その翌日は100㎞移動し、ボローニャと言う革新自治体に着き、史跡見学をしました。市庁舎の広場にレジスタンスの碑があり、祖国解放のため尊い命を捧げた市民が、写真入りで顕彰されていて、女性数十人を含む千人か掲示されていました。
 こんな素晴らしい国があること、「共産党は正義の味方で愛国者」との認識が国民に浸透していることが判りました。一世紀前の大逆事件から、参院選終盤の西神戸ポスター弾圧事件まで、反共と封じ込めの不当な政治行為に対抗し、治安維持法犠牲者の名誉を回復することが、国民の福祉増進と世界平和にとって不可欠であります。

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サンタ・マリア大聖堂

不屈(橋本・伊都版) 第5号(2)2010年8月15日

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# by itohasimoto | 2010-08-15 15:19 | 不屈橋本伊都№5

不屈 主な記事

不屈 主な記事

2010.7.5 №431


●沖縄の心を心に 参院選で戦後補償の前進を………………

●4月中央常任理事会開く………………………………………

●同盟運動を発展させよう……………………………………

●戦後補償政治解決せよ……………………………………

●3・15、4・16弾圧を忘れるなー各地の集会……………

●顕彰碑/勝又松太郎の墓碑……………………………………

●時の焦点/NPT再検討会議…………………………………

●抵抗の群像/たたかう河崎治さん……………………………

●同盟歌壇/碓田のぼる選………………………………………

●「不屈」地方版より/女性部の活動…………………………

2010年5月15日 不屈中央版 №431

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# by itohasimoto | 2010-05-15 21:48 | 不屈中央板№431

戦後補償の前進を

沖縄の心を心に
参院選で戦後補償の前進を


葉桜に風が薫る季節なのに、くり返す寒波の襲来。くれぐれもお体にご留意ください。同盟運動にとっては歴史と伝統を受け継ぐ国会請願行動の時期。国民的には、沖縄普天間基地撤去をめぐって全国的に湧き立ち、五〇年前のあの安保大闘争が想起されます。そして国際的には、海の向こうでいよいよ核兵器のない世界をめざして「NPT再検討会議」が進行中です。若い方がたをふくめ、とかく老躯に鞭打っての署名運動、ご苦労さまでした。
通常国会終了後はいよいよ参議院選挙。奴隷制度時代にさかのぼってのアメリカの反省、スペインの「歴史の記憶法」、オーストラリアの先住民抑圧政策の謝罪など、いずれも政権交代を機に実現しています。治安維持法犠牲者の名誉回復はじめ、戦後補償問題の前進に絶好のチャンスが目前です。

米軍普天間基地の県内移設に反対して開かれた9万人の県民大会
(4月25日沖縄県読谷村)

2010年5月15日 不屈中央版 №431

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# by itohasimoto | 2010-05-15 21:46 | 不屈中央板№431