「不屈の会」では ほとばしって発言
橋本市 T ・ M子
「不屈の会」は私だけ、自称の名前、本当は「治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟」なのです。
たぎる思いを大声で語ってもとがめられることがない安心感がある。誰はばかることなく、むしろ声をふりしぼってでも、伝えておかなければ気がすまない過去があるからなのです。
私は89歳。どっぷりと戦争づけ。戦争をする忠君愛国の一億一心火の玉の一つでした。戦争が終わって(天皇の声を玉音といい)どれほど経ったか、言いようのない空しさに襲われた後、「アカは恐くない、アカは本当は真の愛国者だったのだ」と気付いたのです。
黄色い署名を教室で訴えるのも、歩いて集めることができない身体に衰えてしまったからです。みなさんが「20筆集めよう」といっても30筆にこだわるウラもオモテもない89歳。T事務局長が用意してくださったドイツの取り組みを、日本でも実現したい思いでいっぱい。
2009年12月1日 不屈橋本・伊都支部版 第1号 2面
(事務局追記)
この記事を受け取る際には、もうすでに30筆の署名を実現させ、カンパとともに届けてくれたことを書き添えます。