“山宣”葬儀のパレード
伊都・橋本支部 I ・ T孝
過日行きつけの古書店で、作家井出孫六氏のエッセーを収録した『歴史のつづれおり』と題する書を入手し、その中で「“山宣"葬儀のパレード」というエッセーが心に残り、紹介したいと思います。
治安維持法の改悪に反対しつづけた労農党の代議士山本宣治が凶刃に斃れたのは一九二九年の春三月でした。“山宣"の名で親しまれた山本宣治の遺体は、東京から生地京都に送られ、市内の教会で葬儀が行われることになったその時、当時京都の撮影所で働いていた無名のカメラマンたちが数台のカメラを回して、遺体が宇治の自宅に運ばれ、ついで葬儀の会場に行くまでの経過を丹念に追った。
葬儀の一部始終が警官隊の警戒のもとに進行し、.それを追うカメラが次々に当局によって没収されていったが、フィルムだけはひそかに抜きとられて保存されていた。
フイルムには、“山宣"の遺体が京都駅につき、多くの支持者たちに迎えられる光景のあと、突然、駅前広場に騎馬警官の一隊が現れ、群衆がたちまち蹴散らされていくさまが映しとられている。キリスト教会に向かう霊柩車に、やがて数十台の駅前タクシーが、蹴散らされたはずの群衆を次々に乗せてつき従い、期せずして、烏丸通りにタクシーの大パレードが行進するのがカメラに映し出されています。
葬儀実行委員会の記録には、タクシー数十台分の代金は記録されておらず、おそらく騎馬警官隊の乱暴を見て憤慨した駅前タクシーの運転手たちが自腹を切って群衆を運んだパレードだったのだろうと、井出氏は推察しています。
「山宣ひとり孤塁を守る。だが私は淋しくない。背後には大衆が支持しているから」との有名な言葉をフイルムがいみじくも物語っていると私は実感し、民衆史の一端を垣間見ることができました。
不屈和歌山県版 No.234 2011.2.15 3面